大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和46年(う)271号 判決

被告人 香西正市

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年に処する。

原審における未決勾留日数中七〇日を右本刑に算入する。

押収してある繰小刀(昭和四六年押第八九号の三)を没収する。

理由

本件各控訴の趣意は、記録に綴つてある弁護人飛田正雄、高松地方検察庁検察官小林照佳作成名義の各控訴趣意書に記載のとおりであるからここにこれを引用する。

検察官の控訴趣意について

所論は要するに、原判決は、被告人に対する罪となるべき事実として、本件各公訴事実のとおりの各事実を認定処断した本刑に未決勾留日数全部を算入するにあたり、右公訴事実とは別個の被疑事実につき被告人に発せられた昭和四五年一〇月五日付の勾留状による勾留日数八日のうちの五日をも含めて算入しているが、右措置は、未決勾留日数の本刑算入に関し刑法二一条の解釈適用を誤つたものである、というのである。

そして、所論のとおり、原判決は、主文において「本件処断刑に未決勾留日数七五日を算入する」旨を判示し、その理由中において、「記録によれば、被告人は、昭和四五年一〇月五日から同一三日までは、別件の起訴されていない被疑事実にもとづいて勾留されているが、右勾留期間中にその勾留の基礎となつた被疑事実の取調と併行して、本件事実についても取調がなされているのであるから、右勾留が本件事実の捜査にも利用されたものであり、かつ、遅くとも同月八日には本件事実についても勾留の要件を具備していたものであると認められる。そして、最高裁判所昭和三〇年一二月二六日の判決(刑事判例集九巻一四号二、九九六頁)によれば、数個の公訴事実が併合して審理される場合、一個の公訴事実のみについて勾留状が発せられた場合には、併合して審理されている他の公訴事実についても右勾留の効果が及ぶものと解し、勾留状記載の公訴事実が無罪となつた場合でも、その勾留日数を他の有罪とされた公訴事実の勾留日数として計算することができるというのであるから、この趣旨を起訴前の勾留に推し及ぼして考えると数個の被疑事実について併行して捜査がなされている場合、一個の被疑事実のみについて勾留状が発せられた場合には、併行して捜査されている他の被疑事実について、その勾留の要件が具備された段階から右勾留の効果が及ぶものと解され、勾留状の発せられた被疑事実が不起訴となつた場合、併行して捜査された他の被疑事実が起訴前に勾留の要件を具備するに至つた段階から、右起訴された事実についての勾留として、その未決勾留日数を計算できるものと解すべきである。そこで、本件事実につき勾留の要件が具備したと認められる昭和四五年一〇月八日から起訴の前日である同月一二日までの勾留日数を本件の刑に算入する」旨説示している。

また、記録を調査すると、原判示のとおり、(一)被告人は昭和四五年一〇月三日、本件公訴事実とは別個の窃盗の被疑事実で逮捕され、右事実に、無銭飲食詐欺の被疑事実とをあわせて、同月五日住居不定ほかの理由により勾留されたが、右窃盗については親族相盗の事例であるのに告訴が得られなかつたため、また、詐欺については事案軽微のためいずれも起訴されず、これらとは別個の本件公訴事実(の一部)について、同月一三日公訴が提起され、いわゆる勾留中求令状の形式で同日右公訴事実について勾留され、その後保釈決定により同年一二月二一日釈放されたこと、(二)右公訴事実の捜査は、前記起訴されなかつた被疑事実の勾留の始め頃から右勾留を利用して行なわれ、同月八日頃には右公訴事実についても勾留の要件を具備するにいたつたこと、(三)原判決の認めた罪となるべき事実中には右公訴事実のとおりの事実が含まれていることなどを、いずれも認めることができる。

そこで、原判決が未決勾留日数の算入についてとつた右のような措置の当否について検討するに、なるほど、刑事事件処理手続において、甲事実について適法な勾留が既に存する場合には、それと別個の乙事実について勾留の要件が具備していても、改めて勾留の手続をとることなく事件の処理がすすめられることがあること、このような場合に甲事実の勾留が事実上乙事実の事件処理にも利用されたものと認めることができる場合があることなどは、起訴の前後を問わず生ずることがあるのは原判示のとおりである。そして、本刑に算入を許される未決勾留は、起訴前のものであると起訴後のものであるとを問わないのであるから、右のような場合、乙事実についての訴訟手続において科される刑に対し、乙事実について勾留の要件が具備した段階から、起訴されなかつた甲事実の勾留を、実質的に乙事実の事件処理に利用されたことを理由として、乙事実の勾留と同視して算入しようとする原判決の措置も一理はある。しかしながら、本刑に算入することのできる勾留は、本刑と無関係な勾留であつてはならず、本刑と一定の関係を有するものでなければならないことはいうまでもない。そして、刑事事件が訴訟手続によつて処理される場合には、特定の(単数または併合して審理される場合には複数の)公訴事実を対象とする被告事件毎に一系列として取扱われる関係上、手続上当該被告事件の対象となつた公訴事実に関してなされた勾留に関する事実のみが、当該被告事件の手続上特段の審理をすることなく当然に明らかになることを考えると、本件とその刑に対する算入の対象となる勾留との間に要する関係とは、単にその勾留が、実質的に当該被告事件の対象である公訴事実の処理手続上利用されたものであり、かつ、右公訴事実についても勾留の要件が具備していたというだけではなく、手続上も当該被告事件の対象である公訴事実についてなされた勾留であることを要すると解するのが相当である。したがつて、起訴前の勾留についてみると、当該被告事件の対象である公訴事実の勾留であれば、勾留の基礎となり、またなり得た各公訴事実について、全部有罪になつた場合であると、一部につき無罪、公訴棄却等になつた場合であるとを問わず、これを当該被告事件において科される刑に算入することができるけれども、当該被告事件の対象である公訴事実以外の被疑事実の勾留は、実質上右公訴事実の捜査に利用されたとしても算入しえないものと解する。もし、右のように解さず、原判示のように、手続上被疑事件捜査の段階において、被告事件の対象とならなかつた他の被疑事件につき、発せられた勾留をも、捜査中に右被告事件の公訴事実についても勾留の要件が具備されており、実質上その捜査等に利用されたという理由で、当該被告事件において科される刑に算入すべきものと解すると、右のような起訴されなかつた被疑事件についての勾留の有無、その期間をはじめ、他の被告事件の刑に対し右勾留日数が算入されたか否か、被疑者として刑事補償を受けたか否か、当該被告事件の公訴事実の処理にどのように利用されたか、いつ当該被告事件の公訴事実について勾留の要件が具備されたかなどの事実について審理を要することになり、被告人の迅速な裁判を受ける権利を害するおそれがあるばかりでなく、場合によつては、このような事実に関する審理のために勾留を長びかせることにもなりかねず、かくては、本来、止むを得ぬ措置としてとられる勾留によつて被告人に与える苦痛に対する救済策として設けられた未決勾留算入制度の趣旨にも反することになる。しかも、起訴後の勾留が、しばしば長期に及ぶのに対し、起訴前の勾留は比較的短期間に限られているのであるから、このような審理をなすことによつて得られる被告人の利益もさほど期待できないことは明らかである。原判決の引用する前記最高裁判所判決は、「数個の公訴事実について併合審理する限り」との限定を附しているのであるから、併合審理の対象とならない事実についてなされた勾留も算入しうる趣旨とは認められない。

以上のとおり、刑法二一条により本刑に算入することのできる未決勾留日数は、当該被告事件の対象となつた公訴事実に関して発せられた勾留状による拘禁の日数を指すものというべきであり、本件の場合にも、右以外の日数、すなわち本件各公訴事実と別個の被疑事実について発せられた昭和四五年一〇月五日付の勾留状による勾留日数を本刑に算入することはできないと解するのが相当であるから、これと異なる措置に出た原判決には、法令の解釈適用を誤つた違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。したがつて、論旨は理由がある。

よつて、弁護人の控訴趣意(量刑不当の主張)に対する判断をするまでもなく、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄することとし、同法四〇〇条但書により、当裁判所において直ちに判決する。

原判決が適法に認定した事実に、原判決の挙示する各法条を適用した刑期の範囲内で、弁護人の控訴趣意をも参酌して量刑につき検討するに、被告人の本件犯行は、原判示のとおり、六件の窃盗、および、強姦未遂、強盗未遂各一件であるが、その犯行回数が相当数に及ぶこと、強姦未遂、強盗未遂はいずれも重罪であること、強盗未遂の犯行態様は、一人住いの高令の女性から金員を強取しようとして、予め繰小刀を用意し、夜間その住居に侵入したというのであり計画的で悪質であることなどを総合すると被告人の刑責は相当に重大であるといわねばならず、しかも被告人は、昭和四〇年一〇月一一日現住建造物放火の罪により、懲役三年の刑に処せられ四年間その執行を猶予(保護観察つき)されたものであつて、本件犯行は、右猶予の期間経過後いくばくも経ないで犯されたものであることをも考慮すると、窃盗については被害金額が僅かでしかも全額弁償されていること、他の犯行については犯行態様が幼稚であること、改悛の情の認められること、その他被告人の成育環境、資質など論旨指摘の被告人に有利な諸般の情状を十分斟酌しても、被告人に対し刑の執行を猶予すべきものとは認められず、被告人を懲役三年に処するのが相当である。そこで、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中七〇日を右の刑に算入することとし、押収してある繰小刀一本(昭和四六年押第八九号の三)は原判示第三の強盗未遂罪の用に供した物で、犯人以外の者に属しないから同法一九条一項二号、二項本文によりこれを没収し、原審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例